知性不要

インターネットが登場して、グーグルで何でも調べられるようになってからは、知識の量が多いということの価値は、以前よりもグンと下がりました。

 

 

情報の量よりは質が重要になり、情報を駆使する論理性や世界観の方が重要になりました。

 

 

そもそもが本をたくさん読むということは一般的にいいこととされていますが、食事などの動物的感覚刺激が知識に向いたに過ぎず、構造的には全く同じということもできます。

 

 

沢山本を読むということは、本質的には沢山レストランを食べ歩く、沢山の異性と交流するということと変わらないということです。

 

 

西洋の思想は知性がヒトの持つ至高のもので、これによって他の動物と区別されるという規定をしてきましたが、知性はヒトが独自的に持つ動物的欲求ということもできます。

 

 

お金、学問、名誉、成功、、これらは人類が作り上げてきた一つの妄想の信念体系、プログラムということができます。

 

 

これらの妄想を人類は必死で積み上げてきましたが、全く進歩していないといえます。

 

 

全ての第一歩は、自然の動き、宇宙の意志とでもいうようなものを感じ取り、それとやりとりしていくことですが、今の人類全体がその段階になるのはまだまだ先か、未踏に留まるかもしれません。

 

 

ボディデザインラボ takeji